バイカルハナウド騒動からみる、外来植物と生態系

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 バイカルハナウド侵入

 6月に、北大構内にて毒性植物のバイカルハナウドと疑われるセリ科植物が発見された。バイカルハナウドは中央アジアを原産とする猛毒植物で、北大によるとこれまで日本での自生は確認されていなかった。樹液の付着した部位が紫外線に晒されると何年も傷が残る重篤な皮膚炎が発生し、目に樹液が入ると最悪の場合失明する。加えてこの植物は侵略的外来種(生態系を脅かす危険性のある種)でもあり、今回の発見はSNS上で大きな話題を呼んだ。全長・葉の形状の面からその植物がオオハナウドなどの在来種でない可能性は高く、見上げるほどの巨大な姿と笠状の白い花が、バイカルハナウドの特徴とよく合致していた。

 話題の冷めやらぬ中、北大は被害の防止・研究のため該当植物を回収し、7月3日に本件についての記者会見を開いた。

 記者会見の内容によると、本件の植物がバイカルハナウドかどうかは特定できなかったという。種の特定に必要な標本が参照できなかったためである。ただし、毒性の強さは不明だが樹液に4種のフラノクマリン類(バイカルハナウドが持つ毒と類似した光毒性物質)が含有されていることは確認された。光毒性物質とは、その物質の付着した部位に太陽光や紫外線が照射されると毒性を発揮する物質である。

 この毒性の植物だが、存在していたのは北大構内のみではないという。札幌市白石区東札幌のサイクリングロードでも北大構内で見つかったものと同種の植物が発見され、計40株の除去がなされた。さらに過去の写真から2007年にはすでに北大構内の同じ場所に自生していたことが確定し、他の場所にも既に拡散している可能性が示唆された。 

 外来種の侵入に関して一般に懸念されるのは生態系への影響だろう。雑食で水生昆虫や魚類を捕食するため希少種の絶滅を招くアメリカザリガニや、高い繁殖力と生命力のために在来植物の生態系を破壊する危険性を持ったオオハンゴンソウのように、本件の植物が生態系に大きな影響を及ばさないとも限らない。

 また、本件の植物に関しては人体に対する脅威も存在している。  

 そこで本件の植物と外来植物の脅威について、生態学を研究している北大の理学部内海(うつみ)教授に話を聞いた。

北海道の湿潤部などで繁茂しているオオハンゴンソウ

  

 繁栄する外来植物

 外来種の侵入に関して増減や傾向の変化などについて尋ねた。「数で言えば100年前、国を跨いだ移動が活発になってから大幅に増えている。最近の増減については分からない。ただし、人間が意図的に外来種を入れることは減っている」。近年外来種問題が活発になってから法管理が強まったため、人為的な侵入は減ったそうだ。

 また、「外来種の侵入はヒアリのように水際で食い止めようとしている」と語る。基本的に一度定着した外来種を根絶することは難しく、そもそも日本に外来種を入れないという対策が取られている。

 ここで、繁栄する植物もいれば絶滅する植物もいる。そこで繁栄する外来植物にはどのような特徴・傾向が見られるか尋ねると、「侵略的外来植物は多年草で無性繁殖のものが多い」そうだ。多年草は一年草と異なり2年以上に渡り同じ株から花を咲かせる植物を指し、一年草より長い期間土壌に留まるため定着しやすい。無性生殖は単一の個体のみで子孫を残す生殖形式を指し、有性生殖と異なりパートナーを必要としないため子孫を増やしやすい。特に地下茎による無性生殖を行う植物は、土地を先に占領することができるため繁殖しやすいそうだ。これらの特徴を持った外来種は、しばしば繁殖能力や定着能力の低い在来の希少植物を絶滅の危機または絶滅状態にまで追いやる。

 北大は多種多様な動植物が自生する自然空間である。侵略的外来植物の存在はその希少な植物空間のみならず、植物との複雑な相互作用の中で生きる動物をも危機に追いやるリスクがある。ただし本件の植物は多年草で無性繁殖を行うものの、各地のモニタリングによって上述の2箇所以外では見つかっていないそうだ。幸運にも侵入能力が低く、他の場所には拡散していないことが予想される。

 多年草かつ無性繁殖の植物という条件を満たしていれば繁栄するというわけではなく、土地や気候との相性や他の植物の兼ね合い、その他様々な要素が複雑に絡み合ってくるという。なかでも本件には関係が薄いが、通常の場合、立地条件は重要だと語る。

「在来種が先住している所には外来種は入って来にくい。人為的に空白となっている場所、つまり道路や空き地などに定着する場合が多い」そうだ。

 「人やモノの移動が外来種を運び、人為的な空白に定着しやすい以上、港や空港は格好の外来種の定着場所となっている。そのため外来種問題は外国人問題とセットになりやすいのでそこも注意してほしい」と文化的な問題についても警鐘を鳴らした。

 野草と毒

 次に、本件の植物が毒を持っていたことから、見知らぬ外来植物を発見した際に注意するべきことについて質問した。内海教授は「見知らぬ外来植物に限らず野草は進化の結果、天敵から身を守るために多かれ少なかれ毒を持っている。安易に触らず、食べない方がいい」と答えた。野草は多かれ少なかれ毒を持っているということに記者は驚いた。シロツメグサやタンポポといった道端でよく見かける植物も、毒を有しているというのだ。

 確かにすべての野草が毒を持っているのなら、触らない方がいい。しかし内海教授は、野草の毒を恐れて野草を理解しないまま遠ざけることの問題点について指摘した。

「毒は生物に対する抵抗性を持っているから、多すぎれば毒になるが少量ならば細菌などの生物に対抗するための薬にもなる。例えばタバコといった嗜好品や漢方といった薬も少量の毒である以上、野草の毒に文化的生活は依存している」そうだ。

 ニコチンは植物が昆虫に食べられないようにするために生成する毒である。これは昆虫にとっては毒であると同時に、人間が摂取した場合、脳内の受容体に作用することで神経伝達物質を放出させ興奮作用を生じさせる。

 北大構内にドクニンジンという、一説ではソクラテスの処刑に使われたとされている植物が自生している。しかしこれは致死性の毒である一方、少量なら鎮痛剤や痙攣止めの薬にもなる。毒を持っているからと遠ざけているだけでは、薬としての利用は発見されなかっただろう。 

「人々は基本的に身のまわりの植物について、どれがどの種であると識別していない(種を識別していないということはその毒性を理解していないということでもある)。本件が話題になったときに、在来種のオオハナウドをバイカルハナウドと勘違いした報告が数多く北大に寄せられた」と嘆く。

 オオハナウドは北大構内や札幌市内でもよく見られ、さらに一部のアイヌ文化においては「神の野草」と言われ儀式に用いられた重要な植物だった。オオハナウドと本件の植物は同じセリ科ハナウド属の植物であるが、見た目は異なる(下図を参照)。しかしこれらを見分けられない人が大勢いたというのだ。筆者もそのひとりであるが、いかに周りの植物に対して目を向けていないかがよく分かる。

 内海教授は「雑草ひとつひとつに注意して見分けられるようになれば人生や生活が豊かになる。今はAIアプリなども充実しているし、ただ毒を怖がるのじゃなく植物を識別する癖を持ってほしい」と最後にメッセージを伝えた。

 植物の侵入性を様々な観点から判断することや、植物の毒を毒だからといって恐れるだけではなくその作用を知ることなど、内海教授の主張は一貫して目の前の事象を正しく理解すべきということにあったように思う。それが外来植物、ひいては植物全体と向き合う方法なのかもしれない。

オオハナウドの葉(環境省ホームページhttps://hokkaido.env.go.jp/page_00004.htmlより)  

本件の植物の葉(同上)

 取材・執筆:大野