共に生きることを考える 『ぼくが生きてる、ふたつの世界』上映会・呉美保監督特別講演 開催

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上映会前の会場の様子

8月24日、北大大学院教育推進機構リカレント教育推進部は、『ぼくが生きてる、ふたつの世界』上映会と呉美保(おみぽ)監督特別講演を開催した。

このイベントは、札幌市の、令和7年度大学と民間企業等との連携による公益的事業の推進事業補助金「札幌の劇団他と連携した『共生を支えるコミュニティマネージャー』養成事業」の一環。社会人向けの学び直しのプログラムである「共生を支えるコミュニティマネージャー養成プログラム(ささプロ)」の今年10月の開講に先立って行われた。想定以上の参加申し込みがあり、定員を180名から270名まで増やしたそうだ。

映画『ぼくが生きてる、ふたつの世界』は、耳が“きこえる世界”と“きこえない世界”を行き来するコーダ(耳がきこえないまたはきこえにくい親を持つ耳がきこえる子ども)の主人公の葛藤を描いた作品だ。コーダである作家・ライターの五十嵐大さんのエッセイを原作としており、主演は吉沢亮さん、その両親役は忍足(おしだり)亜希子さんと今井彰人さんが演じている。忍足さんと今井さんは実際にろう者でもある。無音の場面もあれば、喧騒がよくきこえる場面もあるのが、“ふたつの世界”を表現しているように感じられて、印象的だった。

映画は、バリアフリー字幕付きで上映された。リカレント教育推進部の種村剛特任教授によれば、上映作品として、この映画を選んだ理由の1つには、「ささプロ」にテーマが近いことがあるそうだ。この作品はコーダの映画ということで、きこえる人ときこえない人がどのように関わっていくのか、共生について描かれている。

*コーダ(CODA:Children of Deaf Adalts)

耳がきこえないまたはきこえにくい親を持つ耳がきこえる子ども。両親とも耳がきこえない場合も、一方だけ耳がきこえない場合もコーダと呼ばれる。親の聞こえの程度、家族間でのコミュニケーションの方法も様々であり、手話を使わない場合もある。幼い頃から親の手話通訳をしていることも多い。

左から、呉監督、聞き手を務めたリカレント教育推進部の種村特任教授、手話通訳者

映画上映後、呉美保監督の特別講演は、監督の手話と口話での自己紹介から始まった。手話通訳が付き、参加者から事前に募集した質問に監督が答える形で進められた。

ろう者の俳優をキャスティングしたことについて聞かれると、「映画制作前にろう者やコーダの方にお話をうかがう機会がありました。ほぼ全員の方が、ネイティブ手話ユーザーではない人が、手話ユーザーやろう者として演じることに対する違和感を持っていた」と振り返る。「英語を話す方が生粋の日本人を片言の言葉で演じてるくらい変なんだ、と教えていただき、そうだなと思った」と語った。

また、『コーダ あいのうた』(シアン・へダー監督、2021年)という映画からの学びが多かったという。この作品もコーダの映画で、ろう者の俳優がキャスティングされている。「(『コーダ あいのうた』は)ちゃんと説得力があるし、何より生活のリアリティみたいなものも、ものすごく深く描かれている。確かに、こういう表現を日本でちゃんと今までやってきてないなと思った」こともろう者の俳優をキャスティングした理由だと答えた。

ろう者の俳優に演じてもらうにあたっても、『コーダ あいのうた』では、手話の演出を担当するディレクター(DASL)をつけていたことから、「日本では手話翻訳や手話指導、手話監修という肩書きはそれまでもありましたが、確かに手話演出だったり手話監督というのは、なかったなと思って。今回はそこをきちっとやることが、まさにこれまでにない映画であり、自分が今やるべきことだと、取材を経て思っていた」という。実際、『ぼくが生きてる、ふたつの世界』の撮影現場には、手話演出・コーダ監修・手話コーディネーター・手話通訳が合わせて8人ほどが常に参加していたそうだ。

映画制作時の心掛けたことについての質問に対しては、「世の中、特に日本社会で、どれだけの人たちが大きな夢を抱いて、そこに向かってサクセスストーリーを作っているのだろうといつも思うところがありました。夢を持つことはすごくいいことだけれど、持たないことがどうなのかという疑問もあって。この作品は、何でもない日常だけれども、例えば、ふと出会う人によって自分の持っていた価値観がころっと変えられたりとか、なんでもない日常から小さな喜びを得たりとか、そこに自分の大きな指針だとか目標みたいなものがなかったとしても、ただそこでちょっと信頼できる仲間がいて生きてるっていうことの素晴らしさというものが、そこに毎日気づいていなくてもいいんですけど、そういう日々の営みから見える人生の愛おしさみたいなものを、この映画では描きたかった」と語った。

そのほかに、9月5日に公開された呉監督の劇場最新作『ふつうの子ども』にも触れながら、“ふつう”とは何かについて語る場面もあった。

講演会後、リカレント教育推進部と「ささプロ」の説明が行われた

講演後は「共生を支えるコミュニティマネジャー養成プログラム(ささプロ)」の説明が行われた。ささプロは、「共生を支えるコミュニティマネージャー(ささマネ)」を養成することを目的とした社会人向けの講座だ。ささマネは、地域やコミュニティの課題解決を目指し「共生のまちづくり」の実現を目指すイベントを、構成・計画・実施・運営する人材のことを指す。

札幌市は、2022年に「第二次札幌市まちづくり戦略ビジョン」を策定した。これは「まちづくりの重要概念」として、ユニバーサル(共生)・ウェルネス(健康)・スマート(快適・先端)を定めている。また、今年4月には「札幌市誰もがつながり合う共生のまちづくり条例」を制定した。これらのことから、「ささマネ」のような存在が求められていると言えるだろう。

この講座は、必修科目のオンデマンド講義と演劇創作集中演習、選択科目のワークショップで構成されている。演劇創作集中演習では、札幌市の劇団の役者とともに演劇を創作しながら、エンパシーについて学ぶ。8月18日から9月16日に受講者の募集が行われた。10月から開講される。

(取材・執筆:佐藤、写真提供:usagiMark photo)