北大飲食店列伝⑥ 「全人類」に愛される一杯 ―カレー食堂 心
北大飲食店列伝・第6回の舞台は、札幌名物であるスープカレーが人気の「カレー食堂 心」。オーナーの開(ひらき)加津也さん(56)に話を聞いていく中で、北大周辺を中心にスープカレーの普及を支えた、ソフトで食べやすい心のスープカレーの奥深さが見えてきた。

心創業秘話
一般的なスープカレーの特徴は、さらりとしたスープ状のカレーに骨付き鶏やカットされた野菜が入っていることだ。1999年頃から札幌で起こったスープカレーブームにより大衆に広まっていった。当時、北大周辺の北12条から北24条では急激に飲食店が増えており、その多くはカレー専門店だった。そうした店の一つが、2001年にオープンした「カレー食堂 心」であった。
もともとは音楽関係の仕事をしていたというオーナーの開さん。「28歳から飲食業界に入って、そこからコックを始めたから、コックとしては結構遅咲きなんだ」と当時を振り返る。最初の修業先だったフレンチの店が別の業態で出店する際に、スープカレーが好きだった開さんが「カレー食堂 心」の前身である「らっきょ」を創業。その後北大周辺に姉妹店としてオープンしたのが「カレー食堂 心」であった。
当時の北大周辺エリアについて開さんは「(出店する場所を)札幌市内でいろいろ探してたんだけど、若い人多いし、北大界隈が一番活気があるなと思って」と語る。その頃北24条から北12条付近には続々とスープカレー店が進出しており、「過去を振り返っても一番のスープカレーブームだった」という。
しかし、まだ当時のスープカレーはあまり大衆的ではなかったという開さん。「その頃ね、スープカレー屋さんとかって結構こうマニアックな、地下に入ってて、インド民謡がかかってて、木彫りの象が飾っててみたいなそういうイメージがたぶん強かったと思うんだけど、それだと食文化として広がっていかないから、1人でも入りやすいお店にしていこうと思って、こういうちょっとポップなお店を目指してやってたんだよね」と語る。
今や全国にまで普及している「スープカレー」という食文化を広めたのは、心を筆頭とする北大周辺の多くのスープカレー店だったのだ。

2005年には改装オープンし、10人ほどしか入らなかった小上がりを4倍ほどに拡張。団体客や家族での来店がしやすい現在の形になったという。また、かつて道路向かいにあった駐車場は店の裏側に移動したため、今は裏口からも入店できるようになっている。開さんは「裏に扉がなかったんだけど、壁ぶち抜いて扉つけてもらって、裏の駐車場を使えるようにした」と笑いながら言う。
客層については、北大生や会社員、観光客のほかにも、家族3世代で来るお客さんが多いそうだ。「上の世代の人たちって、スープカレーが元々ない文化だったから馴染みがないはずなのに、うちのお店のこの味は、割と気に入ってもらってる」という。開さんは「客層は、何ってことはないんだよね。 ざっくり言うと、全ての人。全人類って感じだね。 本当にいろんな国の人が来るしね」と嬉しそうに話す。
こうした幅広い人々の舌に合う心のスープカレーの裏側には、オープン時から試行錯誤を重ねた独創的な調理法があった。
独自のスープ製法
心のスープカレーには、フレンチの技法「フォンドヴォー」が使われている。フレンチの基本となる、子牛の出汁だ。しかし心では本来使う牛の骨に加えて、豚と鶏の骨を加えた三種の骨を使用。10時間半ほど大きな寸胴で煮出して出汁を取り、それをベースにスパイスや調味料を混ぜ、スープを作っているという。
それだけではない。驚くべきことに、心のスープカレーにはこうしたフレンチの技法に加えて、スリランカスタイルで配合されたスパイス、昆布や鰹などの和の出汁、さらには中国のホワジャオというスパイスまで入っているという。
まずフレンチがベースにあり、そこにスリランカのスパイス、和食のベース、中国のテイストが重なっていくこの調理法を、開さんは「レイヤーになっている」と表現する。「和食だけだったら和食の技術だけ集めて、教科書通りに作れば大体できるんだけど、(心のスープ作りは)誰もやったことないから、バランスとか試行錯誤がすごく難しくて。本当に何百回も試作してっていうような感じでね」と語る。しかし、まだレシピが安定しきっているわけではない、と開さんは言う。「ここ何年かはレシピを固めてるけど、営業しながらも試行錯誤をしてって、ちょっとずつバージョンアップしてっていうやり方をやってかないと、飲食店は売れないんだよね」と、飲食店の難しさを教えてくれた。
一方、メニューはオープンから24年間一度も変えていないという。「新しいものをどんどん提供してって、お客さんを飽きさせないようにっていうよりも、スープの中身をバージョンアップさせていくっていう。だから、オープン当初の同じ骨付きチキンのスープカレーと、今の骨付きチキンのスープカレーって、見た目は一緒だけど、中身はどんどん変わっていってる」と語る。開さんおすすめのメニューは「とり野菜のスープカレー」。「うちのテイストが詰まってる」という。一方で、スタッフの一押しメニューは「納豆&チキンのスープカレー」で、まかないで人気だそうだ。

北大生との「ご縁」
北大生とのエピソードについて聞くと、「いっぱいあるけどなあ。やっぱりね、初期の頃に来てくれてたお客さんとかが、今でもやっぱり来てくれたりとか。北大卒業してても個人的なお付き合いある子とか、果ては結婚式呼んでくれた子もいるし」という。
また、「開さん覚えてますか」とかつての常連さんから突然電話がかかってきたことがあるという。その人は開業してすぐの心の常連で、北大卒業後に飲食系の会社に就職し、その系列の3店舗ほどのオーナーをしている人だったそうだ。「『開さんのところで食べてたお米の味が忘れられなくて、開さんが使ってるお米を分けてくれないか』って話で。コロナの時で、お客さんも半分以下になって、うち年間契約で8トンとかってお米を契約して抑えちゃうんだけど、使い切れないじゃん。それでちょうどね、困ってた時なんだよね。いや、どうしようと。余ってしまうと。困ってた時に、すごいタイミングで十数年ぶりに連絡くれて、『じゃあ、うちのお米、よかったら使え』ってことで分けて、東京の3店舗で使ってもらったりとかね。そういうご縁をね、なにかと北大生にはいただくんだよね」と懐かしそうに語ってくれた。
納豆&チキンを実食
取材の翌日、記者が実際に心のスープカレーをいただいた。注文したのはスタッフの中で人気だと言われていた「納豆&チキンのスープカレー」だ。

スープカレーに納豆を入れた味が想像できず、少々不安だった記者だが、ひきわり納豆と刻まれたオクラが混ざったスープを口にして納得した。さらさらでマイルドなスープに納豆とオクラの触感がよく合っていて、口いっぱいにスパイスの香りと納豆の旨味が広がる。大きなチキンは注文時に骨抜きにできたため食べやすく、ボリューム満点。スープの中にはピーマンやじゃがいも、にんじんがごろごろと入っており、ゆっくり食べていた記者も食べ飽きることなく、最後まで食事を楽しむことができた。
独創的な製法から生まれる美味しさで、北大生をはじめとする多くの人々を虜にしてきた名店の一皿、読者の皆様もぜひ味わってみてはいかがだろうか。
(取材・執筆・撮影:木本)
<店舗情報>(カレー食堂心HPより抜粋)
〒001-0015
北海道札幌市北区北15条西4丁目 シティハイムN15
営業:11:30~22:00(売切れ次第終了)
定休日に関してはお問合せください。
8台分駐車場あり(店舗裏側)
TEL:011-758-8758