科学技術と社会の架け橋にーCoSTEP 20周年

北大の科学技術コミュニケーション部門であるCoSTEP(Communication in Science & Technology Education & Research Program;コーステップ)は2005年の開講から今年で20周年を迎える。大学院生を中心に社会人から主婦まで、幅広い受講生を抱えるこの講座は国内で最大かつ最古の科学技術コミュニケーションプログラムとして20年間常に最先端であり続けた。
今回はCoSTEPについて奥本素子(もとこ)部門長と池田貴子講師に話を聞いた。

科学技術コミュニケーション部門CoSTEPの役割
科学技術コミュニケーションとは科学技術と社会をつなぐ社会活動を指す。この活動の中で特に重要視されるのは双方向性だ。「科学とはなにか」「科学者の言い分はどうであるか」を社会に発信するだけでなく、「非専門家の意見」や「社会で科学技術がどう受け取られるか」を科学者に伝えることにも重きを置く。この点で科学技術コミュニケーションはサイエンスリテラシーと一線を画す概念である。
池田講師はCoSTEPの役割について、非専門家にとって正体不明で得体の知れない「困った」「モヤモヤ」「興味」の対象である「科学技術」をめぐり、①それが何であるかを一般市民が読み解き考える「きっかけ」を作ること、②実生活における課題解決につながる「コツ」を教えること、③疑問に思う基礎力を養うことであると語る。
そもそも(特に科学技術分野において)「困ったこと」を認識することは難しい。例えば「ワクチン」や「遺伝子組み換え大豆」という言葉に対して抱く「モヤモヤ」を上手く説明することは容易ではない。しかし、科学技術は生活の至る所に存在しており、距離を置いて生活することはできない。現代人は科学技術のうち何を受け入れて、何を拒否するかを自分で選択することが求められる。
そのため、現代社会を生き抜くには「科学技術の本質を読み解く力」、「科学技術によって引き起こされる課題を解決する力」そして両者の前提となる「科学技術に対する知識」と「問題の所在を把握する力」が必須である。
CoSTEPの活動ではそれらの力を養成するとともに、科学者の言い分と一般市民の言い分の根底にある問題の構造を読み取り両者の架け橋となり、必要であればお互いの言い分を「相手に伝わる形」に変換する手伝いをする。また、このような活動をすることができる「科学技術コミュニケーター」を養成することもCoSTEPの役割である。
科学技術と社会を繋げ!——サイエンスカフェ札幌
CoSTEPの活動の中で最も特徴的なのは立ち上げ当初の2005年から定期的に開催されている「サイエンスカフェ札幌」だ。


サイエンスカフェは、「難しいけど面白い科学技術」について一般市民と科学者がともに語り合う活動であり、科学技術と社会の「折り合い」を見つける場として機能する。ある現象・問題について人々が抱く思いは同じ街に住んでいても同じではなく、その思いが科学技術が提示する解決策に合致するとも限らない。サイエンスカフェは、様々な「折り合い」をつけながら納得いく着地点へと自分たちでたどり着くことを目的とする。池田講師は「サイエンスカフェは決して問題を『解決』しない。サイエンスカフェでは『解決』の定義を考え直して、各々が『納得』できる着地点に自分でたどり着くことを目指す」と語る。
前段ではサイエンスカフェの社会に対する姿勢にフォーカスして説明したが、科学技術コミュニケーションが双方向性を持つようにサイエンスカフェも双方向性を持つ。
前提として、近年の研究では外部(社会)に自らの研究を伝える「アウトリーチ活動」が研究費獲得に必須となっている。研究継続のためのアウトリーチ活動の場としてサイエンスカフェが機能しているという側面もある。
その上でサイエンスカフェに参加する研究者には、自分の研究と社会の関係性を重視し、その間の「折り合い」をつけなければならないという目的意識を持つ人が多いという。
応用科学分野の研究者は、自身の分野の社会との密接性から、何が社会に受け入れられないかという点を察知し、どう説明すれば受け入れてもらえるのかを考える必要がある。その過程を省略してしまった失敗例が「遺伝子組換え」である。「遺伝子組換え」は何の前座もなく突如日常生活に投下されたため、社会にアレルギー的な拒否反応が蔓延した。このアレルギー反応が社会に深く根付いてしまったため「遺伝子組換え」のイメージ回復には途方もないリソースと時間を要し、結局この研究分野の盛り上がりは下火になってしまった。このように応用科学分野において、一般市民の科学技術に対するアレルギーは克服・回避すべき壁として研究者の前にそびえ立つ。
一方、基礎科学分野においては「何故、この研究をするのか」という問いが研究者の眼前に壁としてそびえたっている。この分野の研究者にとってサイエンスカフェは、その分野の面白さ、社会における意義を社会と共有する場として機能するだけでなく、自らの中で「問い」を再考し折り合いを付ける場としても機能するという。科学者はサイエンスカフェの活動を通して、自分達の仲間内だけでは気付けない側面に気付くことができるのだ。
サイエンスカフェを開催する打ち合わせの中で、「自分の研究内容は難しくて理解してもらえなさそうだから、この部分だけの説明にしようと考えている」という研究者の一種のあきらめや孤独感に触れることがあるという。CoSTEPはそのような研究でも伝えようはあると考え、中核部分を伝えることを重視する。研究の中核となる部分を社会に「伝わる形」に変換し、研究の本質を伝える努力をするのだ。サイエンスカフェが終わったのち、自分の研究が社会に理解されたことへの達成感を感じたと感謝する者も多い。
最初は単なるアウトリーチ活動として参加していた研究者も、活動を通して科学技術コミュニケーションの本質に触れ、この活動をしてよかったと想像以上の手ごたえを感じるケースがほとんどであるという。
このような軌跡を通じ「サイエンスカフェ札幌」が研究者の中でブランド化していることを感じるという。初期の講座内容は基礎科学に関するものが多く、CoSTEPから研究者にアプローチをかける形が多かった。一方、現在では研究者からの持ち込み企画や依頼が増え、応用科学分野について深掘りすることも多くなった。これは、単なるアウトリーチ活動にとどまらない科学技術コミュニケーションの重要性が周知され、その最先端として「サイエンスカフェ札幌」ひいては「CoSTEP」が認識されている証である。これまで講演した研究者からも「サイエンスカフェ札幌」の開催について個人的に嬉しいと応援してくれることが多いそうだ。
アウトリーチ活動拠点としてのCoSTEP
先述したようにアウトリーチ活動は近年の研究において重要視される分野である。このアウトリーチ活動は単なる広報活動にとどまらず、科学分野のイメージ回復や注目されづらい研究分野の保全も目的とする。
例えば原子力分野の研究は、福島第一原発事故以来厳しい状況にある。この事故が原因で原子力に対し強烈な「悪」イメージが張り付いてしまった。社会に浸透したイメージは簡単に覆せるものではなく、印象を好転させるには一般市民に対する積極的なアプローチが必要である。研究に悪印象が張り付いていると、人材や資金の確保が困難であり研究分野は苦境に立たされ続ける。CoSTEPは原子力分野の研究者からの依頼を受けて原子力への正しい理解を促し、その魅力を伝えるような動画を共同制作している。
また、リジェネラティブ農業と呼ばれる研究分野はその性質上、農家のプライベートな情報を集めることを必要とする。これらのデータは研究者の信頼のもと、農家の好意によって提供されたものでありプライベート性が高い情報を含むためこれを公に発表することは難しい。この傾向は論文至上主義と呼ばれる現代において逆風となる。そのため、この分野のような地域密着型の研究分野にはほかの分野に比べリソースが割かれづらい現状がある。日の目を見ることが少ない研究の学問としての魅力、利用価値を「社会に届く形」に変えて発信することもCoSTEPの役割の一つだ。
他にも、CoSTEPはPR活動の一環として「いいね!Hokudai」というウェブページを運営している。このサイトの目的は、様々な情報を通じ北大内外を「つなげる」働きを果たすことであると語る。季節ネタや、昔流行したものの「今」など様々な観点から情報を発信し北大の魅力を伝えている。
ウェブサイトURL:https://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/like_hokudai/
CoSTEP20周年——これまでとこれから
CoSTEPは分野を問わず幅広い層に門戸を開いている。授業は全27回の講義からなり、それぞれの回で様々な分野のトップランカーからの指導を受けることができる。CoSTEPの講義はオンラインでも開講されており日本各地から受講することが可能だ。全国の、学びを志すものが数ある科学技術コミュニケーション部門の中からCoSTEPを選んで受講している。

これらの講義ではAR[1]やSNS動画といった多岐にわたる発信方法や、伝えたいもののコンセプトを上手く可視化し表現するグラフィックデザインなど、科学技術コミュニケーションにとどまらない重要なスキルを身に着けることができる。その講義で身につけたスキルをサイエンスカフェ札幌などのCoSTEPのイベントの企画、開催を通して実践する。

科学技術コミュニケーションプログラムとしての取り組みを続け、CoSTEPは20周年を迎えた。1400人の修了生を抱えるCoSTEPは国内最大かつ最古の科学技術コミュニケーションプログラムである。CoSTEP部門長の奥本准教授は、CoSTEPは20年目を迎えここまで積み上げてきた歴史を活かすフェーズに入っていると語る。全国各地の受講生がCoSTEPを選んでいる点や、「サイエンスカフェ札幌」のブランド化からもその流れを感じ取ることができる。
また、池田講師はCoSTEPが20年残り続けていることの意味について語る。CoSTEPは20年前の政策により設置された科学技術コミュニケーション部門の一つである。東京大学や早稲田大学も同じ時期に科学技術コミュニケーション部門を設置している。しかし、他の科学技術コミュニケーション部門は時代の荒波に揉まれ消えてゆき、CoSTEPのみが残っている。池田講師はこのことについて、科学技術コミュニケーションと北大の親和性が高かったことが要因ではないかと指摘する。地域のつながりを大切にする北大のビジョンや、地方大学としての役割を重要視する「北海道/札幌市とともに生きる北大」という姿勢が、「社会」と「科学技術」をつなぐことを目的とする科学技術コミュニケーションと合致したのではないかという分析だ。また、他の機関であれば時流を鑑みてどんどん切り捨てていく部門を大切にするという点も、北大らしさが良く表れているといえるだろう。
今後の展望について池田講師は「CoSTEPの認知や科学技術コミュニケーションの重要性は広まっているものの、本部門へのアプローチに対し奥手になっている分野は多い。そのため、そのような分野にアプローチをかけていくフェーズになれたら」と語る。
最大かつ最古の科学技術コミュニケーション部門であるCoSTEPは、周りの見本となりながらこれからも社会をけん引していく最先端の存在であり続けるだろう。

[1]AR(Augmented Reality)
現実の風景や空間に、デジタル情報や仮想の映像を重ねて表示する技術。
(取材・執筆:山口、写真提供:CoSTEP)
