【受験特集:どんな道でも、道は道】第7回(2)人生に回り道はない 学びたいことを追って——挑んだ”編入試験”

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「大学には、いろんな人がいる」そんな言葉を、誰しも一度は耳にしたことがあるだろう。聞けそうで聞けない、在りし日の話を取り上げる特集「どんな道でも、道は道」。はたから見れば小さな、でもそばにいれば大きな選択にじっと耳を傾ければ、等身大の北大生が見えてくる。

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これまでたくさんの北大生を取材してきた本企画。再受験、高卒認定、仮面浪人……様々なバックグラウンドを持つ受験生たちにとって、北大はずっと「ゴール」であり続けた。だが、北大に入ってくる受験生が居る一方で、北大を出ていく受験生も居る。彼らは何を思い、そして北大を去ることを決めたのか。

第7回の主人公は工学部2年の島﨑一輝さん(20)=群馬・高崎高校卒業=。北大に合格しながらも、自分の道を模索し続けた学生の物語をお届けしよう。(取材:古谷)

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3年次編入という選択肢

 ここで話は冒頭のコース説明会に戻る。今の場所では自分のやりたい研究ができないと感じた島﨑さんは、その日のうちに所属を変える方法を調べ始めた。新たに見つかった「生命・思考を物理学で説明する」勉強にシフトする為だった。

 もし彼が北大に前期試験の総合入試理系で入学していれば、学部移行の段階で関心の変化に応じて所属を選ぶことができただろう。だが総合入試の枠が無い後期試験で合格した彼は、入学の段階で工学部所属が決まっていた。居心地が悪いのに居場所を変えられない葛藤が島﨑さんを駆り立てる。

 すぐに島﨑さんは「転学部」という方法に出会った。これは選抜を経て同じ大学内で別の学部に移籍する手続きで、彼にとっては夢のような提案。ところが理学部はその年、転学部を受け入れていなかった。彼に残された方法は2つ、大学入試を受け直すか、大学編入を目指すか、である。

 ただ再受験をすると失敗のリスクが高く、上手く合格できても同級生から2年遅れることになる。早いうちから大学院に進み研究をしたかった島﨑さんにとって、脇道に逸れる人生は好ましいものでは無かった。

 同じころ、島﨑さんは大学で始めたX(旧Twitter)のアカウントで、Aさんと知り合った。Aさんは北大理学部に3年次編入してきた人物。編入を検討し始めていた島﨑さんにとって、先輩に当たる。未来の自分の様なAさんに悩みを打ち明ける中で、編入という選択肢が身近になったと語る島﨑さん。ここから始まる編入試験の勉強が孤独な戦いでは無くなったことに大きな安心を覚えたという。Aさんの勧めで大学の教授にも相談することにした。

 1年後期の物理学でお世話になった先生は、久しぶりに会った島﨑さんの悩みを真摯に受け止めてくれた。「後悔しない選択をした方が良い」。先生の言葉が背中を押した。このまま挑戦せずに物理を手放したら後悔すると感じた島﨑さんは、大学2年の春にして、北大を巣立つ為の勉強を始めるのである。

 編入試験に挑戦すると決心して両親に電話すると、すんなり了承をして貰えた。島﨑さんが建築・都市コースを選んだ時点で「向いていないのではないか」と感じていた両親にとって、驚くようなことでは無かったのだ。「本当に物理がやりたいんだよね?これ以上変えないでよ」とは言うものの、母親は笑顔で後押しをしてくれた。
思い返すと、群馬大に進学するかと思っていた息子が京都大や北大を目指した時も、自由な選択をさせてくれた両親。その思いに感謝しながら島﨑さんは準備を進めた。

 編入先は神戸大学理学部を選んだ。大学名や教授のこだわりは無く、試験日程が7月頭と早かったことが決め手だった。「夏休み前に試験も合格発表も終わらせて、夏休みは試験勉強と無関係な物理の勉強がしたかった」と島﨑さん。急ピッチで決まった神戸大の編入試験まで、この時点で3か月を切っていた。

 間に合わないかもという不安は無かったのかと記者が訊くと、「不安の原因は実力の無い自分。心配している暇があったら勉強して実力を付けようと雑念を振り払った」と答えが返ってきた。その言葉通り、生活の全てを編入試験に向けてカスタマイズしたという。

 大学の時間割は、理学部物理学科の演習授業を受けて演習能力を高める代わりに、工学部の必修授業を一部履修しなかった。編入試験に失敗すれば即時留年が確定する背水の陣。それほどまでに島﨑さんの決心は固かった。

 1年の頃から続けていた塾講師のアルバイトはシフトを極端に減らした。所属していた探検部は退部した。「探検部は危険も多いから、中途半端にはやりたくなかった。迷惑かけるしね」島﨑さんはそう語る。

探検部の恒例行事として1人で100km超を歩いた(本人提供)

 空いた時間で、編入試験の先輩でもあるAさんと放課後に勉強をするようになった。授業が終われば図書館に急ぎ足で向かう日々。朝の時間を無駄にしないよう、朝勉強の同志を募って朝活も始めた。ここでもX(旧Twitter)でのコミュニティが役に立った。一緒に朝活をしていた友人は、もちろん編入試験に臨んでいる訳ではない。だが目標は違っても共に勉強に向き合う仲間がいたことは、ストレスの多い時期に救いになった。

 3年次編入を目指す島﨑さんは、編入先の学部学生が2年生で学習していた内容を独学で学ばねばならない。大学の試験と編入試験の勉強に加えて負荷がかかる日常の中で、周りの人に編入するつもりだと打ち明けた。「周りに言っておけば応援してくれる人も居るかもしれない」と期待しての事だった。

 ここまで語ってから、「実は編入の話を色々な人にしたのは失敗だったね」と島﨑さんは苦笑いした。先輩から「例えば編入試験や再受験をして北大を出たいと言って回る人が居たら、良い気持ちはしないだろう?やっていることはそれと同じではないのか?」と指摘されたのだ。ただ、島﨑さんは北大に悪い思いを抱いていた訳ではなかった。北大は良いところだが、自分のやりたいことができなくなったから編入試験を受ける——ただそれだけの事で、ネガティブに語るつもりも無かったと振り返る。実際、隠さず心情を打ち明けたことで所属していた部活動の同期や先輩も応援してくれた。
 紆余曲折を経ながらも、多くの人の応援に支えられて7月までの時間はあっという間に過ぎてゆく。

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