【受験特集:どんな道でも、道は道】第7回(3)人生に回り道はない 学びたいことを追って——挑んだ”編入試験”

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「大学には、いろんな人がいる」そんな言葉を、誰しも一度は耳にしたことがあるだろう。聞けそうで聞けない、在りし日の話を取り上げる特集「どんな道でも、道は道」。はたから見れば小さな、でもそばにいれば大きな選択にじっと耳を傾ければ、等身大の北大生が見えてくる。

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これまでたくさんの北大生を取材してきた本企画。再受験、高卒認定、仮面浪人……様々なバックグラウンドを持つ受験生たちにとって、北大はずっと「ゴール」であり続けた。だが、北大に入ってくる受験生が居る一方で、北大を出ていく受験生も居る。彼らは何を思い、そして北大を去ることを決めたのか。

第7回の主人公は工学部2年の島﨑一輝さん(20)=群馬・高崎高校卒業=。北大に合格しながらも、自分の道を模索し続けた学生の物語をお届けしよう。(取材:古谷)

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最後の北海道生活

 編入試験から2週間余り、北大のテストが本格化する7月23日に合格発表を迎えた。今度はアイドルグループ「嵐」の音楽で心を落ち着かせる。予定より30分ほど遅くに発表された番号一覧を、島﨑さんは丁寧に確認した。

 彼の番号はしっかりと載っていた。欄はもちろん「物理学科」——編入試験は合格だった。「一番に思ったことは良かった、だった。落ちることが本当に怖かったから」と島﨑さん。同級生から遅れることを避けて浪人や再受験をしなかった彼が、留年のリスクを背負ってまで挑んだ編入試験だっただけに、安心は計り知れない。

 無事進むべき道が決まった島﨑さんは両親や同級生、教員らに報告をした。もちろん数々の出会いを産んだX(旧Twitter)でも報告した。Aさんも心から祝福の言葉を贈ってくれた。
こうして北大でのテストを終えた島﨑さんは、北海道で過ごす最後の時間を満喫することになる。

 まだ見ぬ物理学科の同胞たちに遅れることが無いように夏休みも勉強は続けた。同時に自分の関心の赴くままに物理の本を読むことも忘れなかった。

 群馬出身で神戸に旅立つ島﨑さんにとって、北海道で過ごすのはこれが最後。ここを離れる前にやりたいことをやる、その一心で免許を取り、網走に流氷を見に行くなど道東を旅行した。

旅行の1つで訪れた道北のまっすぐな道(本人提供)

 また北大生と関われるうちに出会っておこう、と自主的に人を誘うようになったという。「サークル関係に顔を出せなかったこと、人付き合いが狭かったことが心残りだった」と気づいた島﨑さんは、半年以上疎遠になっていたサークルの先輩から留学の話を聞いたり、新たに知り合った学生と会ったりするようにもなった。

 後期に入っても北海道生活を満喫し続けた。
 時間割はこれ以上にないほど充実したものになったという。理学部の授業は続けて履修し、以前から関心のあった経済学の授業にも足を運んだほか、北大ならではのスラブ・ユーラシア研究センターの授業も取った。北大を離れる前に履修したかった「北海道・樺太の歴史」の授業は知的好奇心が刺激されて面白かった、と振り返って笑顔を見せた。

 最後まで北海道を、北大を味わいつくした島﨑さん。彼にとって北大の2年間は「本当に楽しい」ものだったと語る。探検部で大自然と触れ合ったこと、CHAINの授業で自分の好奇心に気付けたこと、工学部祭でボカロイベントを満喫したこと、授業やSNSを通じて様々な北大生と知り合い、料理パーティーをするまでになったこと……印象的な出来事はいくつもある。

学部・学年を超えた友人らと料理パーティーを開いたある一日(本人提供、写真の一部を加工しています)

 だが、そうした思い出を胸に仕舞って島﨑さんは編入を決めた。編入試験についてのメッセージを求めると、意外な答えが返ってきた。

「編入はしない方が良い、苦肉の策なんです」。高校のうちからもっとしっかり自分の関心分野を見極めていれば良かった、自分が建築・都市コースの配属枠を1つ奪ってしまったのではないか、島﨑さんは今でも後悔している。それでも、自分の本当の関心に素直になれないことの方が良くないと言う。

 「災害時に役に立つ人間になりたい」。震災を経験して抱いた被災者と向き合いたい気持ちを、災害を研究したいという気持ちと勘違いしていた。「決められたルート、基準だけじゃなくて、自分の気持ちにちゃんと向き合うべき。王道があったとしても、自分の道は別にあるはずだから」。今なら当時の自分にこう語りかけることができる。

 自分の道を自分で作る、その為の一つの手段が「編入試験」なのだと島﨑さんは考えている。

「どんな道でも道は道」、回り道は存在しない

 北大で過ごした2年間を島﨑さんは「回り道」とは考えていない。
「ストレートに行きたい学部に行っていては、自分はダメだったと思う」。

 北大に来たことで、色々な人に会えた、色々な経験ができた、色々な価値観に触れることができた。何より「北大に来たからこそ自分が研究したいことを見つめ直せた」と島﨑さん。大学生活を通して自分と向き合い答えを見つけた島﨑さんにとって「回り道」は無い。

 どんな道でも、道は道。それを作るのは自分自身なのかもしれない。取材を終えて雪深いメインストリートを歩きながら、彼は記者にこう呟いた。

 「北大に来たことに後悔はない、でも僕はここを出ていく」。

取材後記

記者自身、X(旧Twitter)で島﨑さんから声をかけられて1年以上になるが、彼の行動力と決断力に今でも驚かされる。彼が北海道の地を離れてしまうことには一抹の寂しさがあるものの、彼が何を考え何をしてきたのか、その片鱗を本特集でお届けできれば幸いである。

(取材・執筆:古谷)