【受験特集:どんな道でも、道は道】第1回(1) 進学か就職か、出した答えは「北大へ」 野中直樹さん(理学部3年)
「大学には、いろんな人がいる」そんな言葉は、誰しも一度は耳にしたことがあるだろう。だが、私たちはまだ「いろんな北大生」が北大生になった時の話を知らない。聞けそうで聞けない、在りし日のそんな話を取り上げるのが今回の特集「どんな道でも、道は道」だ。はたから見れば小さな、でもそばにいれば大きな選択にじっと耳を傾ければ、等身大の北大生が見えてくる。
「どんな道でも、道は道」第1回の主人公は、北大新聞の代表を2022年9月まで務めた理学部3年の野中直樹さん(23)=神奈川・県立厚木東高校卒業=だ。高校卒業後に就職した会社を辞めた後北大に来た、と語る「野中先輩」の過去は実は記者もよく知らなかったのだが、その体験は本特集の記念すべき初回を飾るにふさわしい。ゼロからはじめた逆転劇に、記者が迫った。(取材:田村)

受験するフリをした、高校時代
野中さんが育ったのは、高校卒業後そのまま就職した父と3人のきょうだいに囲まれた家庭だ。そんなに死ぬ気でやったわけじゃない、という高校受験を経て入ったのは「偏差値で言ったら52くらい」の母校だった。
「頭のいい子はみんな指定校推薦、一般で受ける人なんてGMARCHに入れたら喜んでた。国公立もいないわけじゃなかったけど、うちの高校から北大に受かるってのは田舎の進学校から東大に受かるくらいに『神様』だよ」
そんな校内で「運が良ければ定期テストで学年トップ10に入っていた」と話す野中さんの成績は、学年を追うごとにズルズルと下がっていった。地道な暗記が苦手だった野中さんは、その内容が高度になるにつれ一部の授業についていけなくなったという。
それでも一部の中堅私大に合格する学力はあったのでは、と問う記者に野中さんが語ったのは、自身が置かれた家庭環境だった。学歴の差をはね返し東京大学や海外の有名大学を卒業した同僚とも仕事をしていた父は、高い学費を払ってまで中上位の私立大学に野中さんが進学する意味はないと考えていたという。
「弟や妹だって3人いたし、お金がたくさん使えるわけじゃない。大学に進むなら、奨学金をもらって国公立に行くしか選択肢がなかった」
とはいえ、高校にやってきた求人票にも魅力を感じなかった。進路に迷う野中さんの手は、勉強机からどんどんと遠のいていく。
「受験が近づくと、毎月のように学校で模試を受けさせられる。復習もろくにできないまま次々とやってくる成績表で現実を見せつけられ、勉強が嫌になった」
結果、野中さんは受験勉強も就職活動もしないまま2018年3月に高校を卒業する。進路が決まらない事実を伏せるため「受験してるフリ」で締めた高校生活は、センター6割の得点開示通知だけを残してあっけなく幕切れを迎えた。