エキスパートが語る南極研究の最前線 北大低温研・青木茂准教授、南極地域観測隊長としての3カ月半を振り返る

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第61次南極地域観測隊で本学の現職教員初の隊長として南極での研究活動に取り組んだ低温科学研究所の青木茂准教授。南極で何を見て、何を感じたのか。2019年12月から20年3月にかけての滞在中の活動内容や南極研究の魅力などについて聞いた。

トッテン氷河近くを漂う海氷と氷山。アデリーペンギンが生息する(青木准教授提供)

「人類未踏の地」で海が氷を解かすメカニズムに迫る

青木准教授の専門は海洋物理学。国立極地研究所で研究者としてのキャリアをスタートさせたことをきっかけに南極に関心を持つようになった。海面上昇の原因とされている南極の氷床(雪が押し固められてできた巨大な氷の塊)の融解メカニズムの解明を目指して現在は研究に取り組んでいる。

同准教授らが今回、研究のフィールドとしたのは東南極のトッテン氷河周辺。一帯の氷が解けると地球の海水面はおよそ4メートル上昇すると考えられている。付近では広域での観測の例がないばかりか、実際に到達した人もほとんどおらず、言わば「人類未踏の地」だ。人工衛星を使った観測などは行われた例があるものの、実測データと誤差があり海底の地形についてもわからないことが多かったという。

今回の観測ではトッテン氷河付近の氷床流出のメカニズムや海面上昇への影響を解明する足掛かりとすることを目指した。南極観測船「しらせ」の高い砕氷能力を頼りに氷河への到達を試みることに。観測隊に与えられたチャンスは2回。日本の南極観測の拠点である昭和基地に物資を届ける前の往路と、日本に帰国する前の復路だ。

トッテン氷河周辺での海洋観測の様子。アイスフェンスで機材を防護する(青木准教授提供)

往路の12月には近くまで到達することはできたが、厚い氷に行く手を阻まれ内部への進入は叶わなかった。そして2月から3月にかけて迎えた2回目のチャンス。当初は再び分厚い氷で進むことができなかったものの、強い風の影響で氷が北上。こうしてトッテン氷河への道がひらけた。

観測は氷点下15度の寒さと強風にさらされる過酷な気象条件の中で行われた。「氷山が蜃気楼になるくらいの寒さだった」(青木准教授)。ヘリコプターを使って海中に観測機材を投下して海の中の状況を把握した上で船を進めるなど、安全を確認しながら前進。実際に氷河に足を踏み入れての観測も行った。

今回の調査から、トッテン氷河付近の海底地形や海中の水の動きの概略がわかった。広域での観測成功はこれが初めてだという。海中に設置した観測機材が現在も観測を続けており、今回の観測結果の分析にはまだ時間がかかる見通しだ。今後の取り組みについては「温暖化とも関係する重要なメカニズムなので観測やモニタリングを続けていきたい」と意気込む。

昭和基地沖に停泊する「しらせ」(青木准教授提供)

隊員・設備ともにポテンシャルを発揮

青木准教授らが今回行った研究は気象観測をはじめとして常時行われている「基本観測」などとは異なり、研究者らが持ち寄った研究テーマの中から毎回選定される時限的な「研究観測」の1つだ。同准教授が中心となって16年に始動した研究プロジェクト”ROBOTICA”の観測が研究観測に採択されたことなどが評価され、隊長就任の白羽の矢が立った。南極訪問は今回で11回目。

南極地域観測隊は、およそ40人の「夏隊」とおよそ30人の「越冬隊」からなる。それらに180人ほどの「しらせ」乗組員を加えた合計250人ほどで数カ月間(越冬隊は1年以上)、行動をともにする。研究や観測を行う隊員のほか、昭和基地の維持管理を担う隊員など、各方面のプロフェッショナルが集う。その一人ひとりが与えられた任務を遂行し、補い合うことで極地での活動が成り立っているという。高性能の設備も隊員らの活動を支える。

「関係性が密な中で考え込みすぎると良くない。おおらかな隊員が多く人に恵まれた」と青木准教授。ラグビーW杯で話題になった「ワンチーム」の精神で、隊員の個性や能力を結集した。「先が見えない状況でのチャレンジは大変だったが、ベストに近いことができた」と振り返る。しかし南極から帰国したのは3月20日。新型コロナウイルスの感染拡大が迫っていた。帰国後も事務的な手続きのみで解散となり、長旅の幕引きはあっけないものだった。

ルンドボーグスヘッダ(青木准教授提供)

南極の魅力は「単純な美しさ」

白・青・茶色など単色で占められた視界、オーロラや光が織りなす風景、物音ひとつしない世界…。南極の魅力について青木准教授は「スケールの雄大さに加えて、単純な美しさがあること」だと語る。単純な風景だからこそ行くたびに状況の変化がわかり、スケールの大きな自然現象と直に対面している実感が伴う。そのようにして「地球全体の営みを感じることができる」。

ペンギンなどの動物たちの営みに対する感想も、直接目にすることで「かわいい」だけでなく「すごい」に変化するという。南極の中でも特に印象に残っているスポットはルンドボーグスヘッダ=写真。絵画のような風景に心を奪われた。

その美しい景観を後世に引き継げるか。厳しくも美しい雄大なフィールドを舞台に、南極の海のメカニズム解明に向けた青木准教授の研究は今後も続く。

昭和基地とトッテン氷河の位置関係(青木准教授提供)