未知の領域を切り開く挑戦を 世界的研究者2人が北大で講演
「光は、北から 北から、世界へ」と題した北海道大学創基150周年記念講演会が8月6日、学術交流会館講堂で開催された。講演会には学生や大学の教職員、一般の人々が道内外から集まった。参加者は満席となった会場で、世界を舞台に活躍する研究者の講演に耳を傾けた。
今回の講演会には、北大の主任研究者・特任教授を務めていた2021年にノーベル化学賞を受賞したベンジャミン・リスト氏と、本学卒業生で米国のMIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボ副所長を務める石井裕(ひろし)氏が登壇。それぞれの研究人生を振り返りながら、これまでの研究内容や研究信念について語った。研究分野も歩んできた道も異なる2人だが、それぞれの講演からは、既にあるものを追うのではなく、まだ存在しないものを生み出そうとする研究者として共通した姿勢が感じられた。
リスト氏が挑む「Crazy Idea」

リスト氏は、自身が専門とする触媒分野について、光合成や工業などの例を交えながら紹介した。触媒は化学反応を促進する物質で、食料やエネルギー、医薬品など、私たちの生活を支える様々な場面で利用されている。
自身の研究について振り返る中で、リスト氏は若手研究者だった頃の「Crazy Idea」について語った。当時、化学反応を促す触媒には金属が必要だと考えられていたという。しかしリスト氏は、小さな有機分子を触媒として利用できないかと考え、アミノ酸の一種であるプロリンを用いた実験に取り組んだ。この発想は後に「有機触媒」という大きな研究分野へと発展し、ノーベル賞受賞につながった。
現在もリスト氏は、新たな「Crazy Idea」に挑んでいる。講演では、地球温暖化の原因の1つである二酸化炭素を、炭素と酸素に分解する構想を紹介した。一見すると実現が難しいようにも思えるが、リスト氏は「常識外れなアイデアなしに、革命的な発見はあり得ない」と語り、不可能だと証明されない限り挑戦を続ける姿勢を示した。
石井氏が掲げる研究者像

一方、石井氏は自身の研究者としての信念や生き方を、「出杭(でるくい)力」「道程(どうてい)力」「造山(ぞうざん)力」など、独自の言葉を使って表現した。
「道程力」を説明する中では、研究を走りに例え、「誰も分け入ったことの無い原野を1人切り開き、そして生まれていない道を1人全力疾走する。そこには観客も審判もストップウォッチもない」と語った。
さらに石井氏は「造山力」という言葉を用い、既に存在する山の頂上を目指すだけではなく、まだ存在していない山そのものを想像し、ゼロからつくり上げることの重要性を説いた。一つの山をつくり、その頂に達した後には下山して、また新たな山をつくる。そうして「連山」をつくり続けることが自身の目指す研究者像だという。
こうした言葉には、リスト氏が語った「Crazy Idea」と通じる部分がある。触媒には金属が必要だという当時の常識から外れ、新たな可能性を探ったリスト氏。石井氏が掲げる、誰も歩いていない場所に道をつくる「道程力」や、まだ存在しない山そのものをつくる「造山力」。表現は異なっても、既に与えられた目標を追うだけではなく、自ら新しい可能性を切り開こうとする姿勢は2人に共通している。
石井氏自身も、その姿勢を研究人生の中で実践してきた。MITに赴任した際、それまで取り組んできた研究を続けるのではなく、「全く新しいことをやれ」と求められたという。「人生は短い」と振り返り、既存の研究を少しずつ発展させるだけではなく、新しい領域へ挑戦することこそがフロンティアだと語った。
また、石井氏は自身を形づくった北大での経験にも触れた。大学で身につけた専門知識は、時代の流れによって変化していく。一方で、北大で培った精神や価値観は現在も自身の中に残っているという。重要なのは知識を得ることだけではなく、大学での経験からどのような生き方や価値観を身につけるかだと語った。
それぞれの「フロンティア」を問いかける
2人の言葉は、今まさに進む道を模索する学生にも届いた。
講演を聞いた修士2年の学生は、以前から石井氏の出演するYouTube動画を見ており、偶然講演会を知って参加したという。現在は就職活動と研究を両立しているが、その中で「何をしているのだろう」と、やりたいことを見失いがちであった。しかし講演を聞き「目の前のことをやるのではなく、本当に自分がやりたいことをしっかりと探したいと思った」と話した。特に研究について「卒業するまでにとことんやりたいと思ったので、それをやり切りたい」と振り返った。
創基150周年を迎えた北大が掲げるフロンティア精神。2人の講演が示したのは、フロンティアとは必ずしも遠くにある目的地ではない、ということかもしれない。自分が何をしたいのかを問い、まだ誰も歩いていない方向へ踏み出す。時には、その先に進むべき道や目指すべき山さえ自らつくる。2人の研究者の言葉は、これからそれぞれの道を歩む人々に、自分自身の「フロンティア」を問いかけていた。
(取材・執筆・撮影:川俣)
